六畳間のアパート

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【腸脛靭帯炎】2年間自転車に乗らなくなり思ったこと

はいどうも、黒糖です。

 

かれこれ腸脛靭帯炎にかかってから1年、受験を含めると2年自転車に乗ることができずにいるよ。

そうすると、まぁ精神的にも来るわけ。(むしろそっちのほうが大きい)

 

rem1eye.hateblo.jp

 

しかし、僕はプロではないので黙ってえんえん泣いていてもマッサージ師が無銭でマッサージしてくれるわけでもないし、治るわけでもない。

 

常に自分が動き、辛い怪我に向き合い続けなければならない。

 

怪我に向き合う、すなわち「自分の弱い部分」に向き合うこと。

 人間誰しも自分の弱点からは目を逸らしたいものですよね。勇気がいりますし、ものすごく怖い。

 

ましてや怪我は、自分が「かつて出来たこと」ができなくなる

過去の自分より劣る、アスリートにとってこれほどしんどいことって他にない。

 

そうして腸脛靭帯炎と向き合ってきた期間のうちの9割以上の日を「死にたい」

「もうやめたい」

「なんで誰も見てないのにここまであがいているんだろう」

「僕がやっていることって本当に正しいのか」

「まずそもそも僕は本当にキャノンボール初級というものに挑んだのか」といった負の感情が僕をむしばみ続けた。

 

僕が"キャノンボール初級"という舞台にフラペクロスバイクで挑んだ事実は変わりませんが、2年も自転車に乗れていないと、それがまるで夢のように思えてくるのだ。

 

景色も、休憩したポイントも、写真を撮影したポイントも、ありとあらゆる「全て」を覚えていますが、それでもそれが「まぼろし」のように思え、また、「もう2度とあの舞台に戻れない」気さえした。

 

応援してくださっている方がいるのになに弱音吐いてんねんと思われても仕方ありませんが、僕は自分が思っている以上に弱く、2年も趣味のロングライドが出来ていないという事実は、夢である自転車版キャノンボール*1どころか、その前提にあるキャノンボール初級*2を諦めるには十分すぎる理由だった。

 

100kmすら走れない、今の僕になにができるのだろうか

この1年間、ひたすらに自分に問い続けてきた。

 

答えは単純明快で怪我を治すこと、ただ一つだった。

 

自転車に乗り続け、自転車で活躍するには自転車に乗るのが一番の練習である。

これは間違えない。

しかし、その練習が2年もできていないのだ。自殺モノである。

 

練習したいという気持ちが強いぶん、練習ができない自分と怪我を負っている現状、目標と今現在の自分と夢との距離、そして、自分が休んでいる間に自分を追い抜いていく周りの人間。

 

だからこそ焦る、練習しなくては...と。

そして怪我が治らず鬱になり、少し良くなったらトレーニングをする、そしてまた悪化する、これの繰り返しだ。

 

そんな日々のすべてが今の自分にとって生き地獄だった。

自転車が、ロングライドが好きだからこそ、誰よりも好きで、これに命をかけてきた、そう言えるからこそ、今が辛かった。

 

自分の過去の栄光が常に自分を見張り、「時間がない」と煽る。

 

いつも付きまとうのは「昔の僕ならできたのに」という感情だ。

 

なにをこんなに焦っているのか自分でもわからないが、とにかく焦りを拭うことはできなかった。

 

しかし、そんな怪我期間でも学べるもの、得るものは大なり小なりあった。

 

手のひらからこぼれ落ちれしまった過去の栄光と脚力、そして「星をも掴む」と粋がっていた怖いもの知らずの僕はもういないが、怪我の間、僕の走りを一切知らないにも関わらず、ずっと応援してくださる方々と出会った。

 

中には僕が目指すキャノンボールの舞台で知る人ぞ知る方や、ずっと憧れ続けた方もみえた。まさかお近づきできるなんて考えたこともなかった。

 

この方々の声援は、ずっと夢と現実の狭間に潰されそうになっている僕にとっての蜘蛛の糸であり、ギリギリのところで踏ん張っていられるのもこの方々のおかげだと思う。

 

その支えてくださる方々と出会えたのも「怪我の功名」なのかな、と思えたのは最近だった。

 

僕は打たれ弱いくせに、根は頑固というとても厄介なタイプの人間なので、自分が怪我で自転車に乗れないことも、この怪我がなるべくしてなった怪我であることも受け入れるのに1年も有した。

 

2年前の英雄のような僕はと今の僕は別人で、この2年は苦しかったが、得るものがなかったわけではないということもやっと受け入れられた。

 

怪我を患いながらも悪いフォームで乗り続けることで余計に悪化させて、残念だけど今はぐっとこらえる時期だということも受け入れられた。

 

そして、尽くせる手を尽くし、手元に残った手段も残るは「ロードバイク フィッティング」のみとなり、自分のやれることも限られてきた。

このロードバイクフィッティングも、怪我の間に出会った方が紹介してくださり掴めたものだ。

1回30,000円もかかるし、かならず治るわけではない。

結局のところ、闘病生活に終止符を打つのは自分自身なのだから。

 

そして学生にとっての30.000円はシャレにならない。

30,000円があれば新しいホイールやローラー台も買える。

大抵のことはできるようになる。

 

しかし今の僕には唯一すがれるもので、唯一の光だ。

 

早いところ、最終手段の「フィッティング」に手を付け、自分が出せる「ファイナルアンサー」を出したい。

 

そしてまた自分が憧れ、夢を見たヒーローになる。

 

それだけを目指し、今日も針の山を素足で歩く。

その先が剣山でもどん底でも。

 

 

*1:大阪日本橋から東京日本橋(逆でも良い)を24時間で走り切るエクストリームロングライド。約530km

*2:名古屋から東京日本橋までを24時間で走る上記のキャノンボールの入門ライド。約380km