黒糖です。
今日はGW4日目で、従来の夜行性を発揮して眠れないので公私ともに様々な整理をしていました。
その中で久々にブログを書きたいなという気分になったのでキーボードを叩いている次第です。
今日は表題にある「諦めの悪さ」について最近思うことがあるので書いていきたいと思います。
皆さんって、諦め悪いですか?
僕は、自他ともに認めると思うんですけど、かなり諦めが悪いと思います。
折り合いをつけるのが下手なんですよね。
「まぁいいか」と思うことが幼少期の頃から苦手で、やりきってやりきって、それでもダメでも「まだある」と強く思い、駄々こねて泥臭くもがいて、それでもダメなときに「飽き」が来てやめる。そんな感じです。
諦めるんじゃなくて、飽きるんですよね。おかしい表現な気がするんですけど、本当にそうなんです。
人生って諦めの連続ですよね。
早いなぁと思うんですけど、僕も今年の春で社会人6年目。
気づけば3社目の職場で働いており(転職スパン短くない??)、順調ではないにしろキャリアを積み重ねております。
当初思い描いていた社会人像って、毎日定時で上がってプライベート全振り、仕事は最低限で済ます。そんな感じだったのに気づけばしこたま働かせていただいております。
いろんな職場を見てきましたが、今の職場は全体的に士気が高いです。
特に直属の上司の意識、実力は共にとんでもなく高く、ついていくのに必死でありますが、毎日少しではあるものの上司のいいところを吸収してやろうという感じで成長できている。と信じたいです。
とても僕の学歴じゃ、新卒入社はまず間違えなく不可能な会社の総合職として勤めております。
私立F欄文系なのに、技術系のコンサルっぽいことをしています。
こんなキャリアを歩むなんて6年前、桜ひらひら舞う中死んだ顔であくびしながら歩いていた僕に想像できたかって話ですよ。
キャリアを積むうえで僕は「諦める」ことをしませんでした。
どんな環境であれ、いつも虎視眈々とキャリアを積むことだけを考え、実績を残して研鑽をしてきました。
その中で、僕は周囲の優秀な方々と比べ「賢くない」ことが分かりました。
能力も、自分でもわかるくらいピーキーで、本当に環境次第で働きやすさがガラッと変わるタイプです。
リーマンとしての優秀さって、どんな環境/人の元でも安定したパフォーマンスを発揮できることにあると思うんですけど、僕はそれじゃないんですよね。
噛み合ったとき限定、本当に上司からしたらたまったもんじゃないですよね。
じゃあ何が強みなん?ってところをずっとずっと考えて、そのポストを狙って転職活動を進めてきました。
足るを知り、足らずを知り、求められていることを考え、研鑽することは学も能もない僕でもできることです。
おかげで今の暮らしが、働き口があると思うと「諦める」ことをしなくてよかったなと思います。
自転車競技はどうだろう。
以前の記事でも紹介させていただいた通り、僕は25年7月に膝に穴を開けている。
全身麻酔をかけて、車椅子からはじまった。
「3日で歩けるようになる」と執刀医は言ったが、全然そんなことなく汗だくになりながら暑苦しい医療用コンプレッションソックスを履いてビッコ引いて近所のバロー(東海圏によくあるスーパー)に食料品を買いにいったあの夏をまだ覚えている。
今も正座すると執刀した左膝は普通に硬いし、違和感もある。
もう、健常な左膝ではない。
でも、「諦める」ことなく続けてきたら現在33時間/月ほどトレーニングは積めるようになってきた。
だいたい実業団の上位層は60~80時間練習していると言われている。
そう思うとまだ及ばないが、膝に穴開けた割には乗れている方だと思う。
「諦める」ことを選択しなかったからな。
穴開けて、たくさんの金と時間をかけても僕は自転車競技を「諦める」ことはないと思う。
わざわざ膝に穴開けて、まともに歩けないという絶望的な状況で生活を送り、まだ本調子に戻れていない。
それでも、はじめてママチャリで140km走ったあの日の初期衝動がここまで僕を突き動かしてくれている。
あの感動を超えるものって、もう味わうことは難しいかもしれないけど、文字通り人生を変えてくれた自転車で一定の成績を残して満足してやめたい。
別に「なんでこんなことしてるんだろう」と思うことは一切ない。
好きでこの道を選んでいるんだけど、今、自転車競技を、自転車を好きかと言われると難しい。
変にリアリストで、実家が激細で、家庭環境もおおよそ最悪だった僕はサラリーマンとして大企業に勤めながらなんらかのスポーツをすることが中学生のころからの夢だった。
確か、当時はやっていた卓球か陸上で実業団選手になりたいって生徒会通信に書いていた気がする。
今思うと、そんなメジャースポーツの実業団選手になるならもっと死に物狂いでトレーニングしろよという話だが、結果自転車競技というマイナースポーツで実業団の名門と呼ばれているチームに入団することはできた。
(まだ走ってないけどね、ユニフォーム持ってるだけだけどね)
これらもすべて「諦める」ことをしなかったからだと思う。
思い描いた人生像とは結構かけ離れているし、想像もできなかったことがいっぱい起こっている。
そりゃそうだ!人生、はじめから何が起こるか、思い描いているレールの上をキレイに歩けたら世話ないよな!
中学生、高校生、大学生、社会人。
いつ頃からだろう、「多分だけど、なるべくしんどい方を選んだほうが正解に近そうだな」と思ったのは。
No pain,No gain.という言葉が好きだ。痛みなくして得られるものなし。
別に痛みを被ることが成長につながるわけではないんだけど、後で考えてみて正解だった道てしんどい道だったなぁ。
でも、これってもっとスマートな能や脳を持っている方々ならこんな泥臭く生きなくても済みそうなんだよな。いいなぁって。
でも僕はあいにくそんなことないから、そんなことない人間に許されている「諦めない」を続ける他ない。
仕事も自転車も、諦めずに続けたい。
結局、無様でも続けていれば何かは得られる。
全力で戦ったあとには必ず何かが残ると思う。
「諦める」ことを諦めたら、少なくとも怠惰に過ごし何も残らないような日々よりは良い日々が待っていると思う。
もちろん暗転もするだろうし、絶対にいい方向に進む保証なんてなく。
選んだ道を正解にするために続けていくほかない。
綺麗事でもなんでもなく、「諦める」という選択さえ取らなければ、何かしらで自分の満足する結果は必ず得られると思う。
実力が及ばず、運に恵まれず思い描いた通りにならなかったとしても腹落ちすると思う。
そりゃあ、勝利条件をどこに置くかで話は変わってくるけど、やめさえしなければなにかは得られるよね。
さて。
公私ともに環境が大きく変わっていく中で、自転車競技、いつまで続けられるんかなぁって思うような時間が増えた。
自分ひとりの人生じゃなくなってきたんだ。
その中で、ただの娯楽である自転車にどこまで時間が割けるかなんて、今後どうなるかなんて分からないけど、できる限りのことを続けていきたい。
数年後、どっかで折り合いつけて自転車競技を辞める日が来たら読み返して、その時何を感じるか楽しみだなぁ。













