【小さな世界】リトルワールド、2ヶ月に一度だけ自転車で走行することができる日が訪れる。
日々バーチャルの世界で自転車に乗り、現実世界でも極寒の中早朝よりペダルを回し、タンパク質を効率よく摂取できるあまり美味しくない飲料———プロテインを摂取し、乳首が浮かび上がるほど密着した衣類を着て、クソ高い発泡スチロールを被る男女が早朝6時に集う。
どこにこんだけの人数のサイクリストが潜んでるんだよ。そう笑ってしまいそうなほどに。
俺もその1人。
1年に及ぶアキレス腱炎怪の復帰から4ヶ月、この日のために日にもりもり飯を食い、爆睡につぐ爆睡を重ね、100本近くのアニメを見てこの身体を紡いできた。
今まで優勝どころか表彰台にすら立ったことはない。レース回数は6回、そろそろわかってきたんじゃねえか?
やろうぜ、リトルワールド サイクルミーティング【小さな世界選手権大会】最強ビギナー決定戦を。
リトルワールドサイクルミーティングは当日の受付になるので、参加者リストは手元にない。誰が来るかも分からない、が、対策はできる。
岐阜県近辺にある平田クリテリウム、AACAカップで【ビギナー上位常連】を締めてる人間をマークするだけ。
だいたいわかってる、なんでいつもこのカテゴリーにいるんだよ!!ってヤツらをチェックする。
俺はネットストーカーなのでたくさんたくさんたくさん調べちゃう。趣味、エゴサーチと他人のリザルト拝見。
※特定個人を彷彿させる名刺がいくつも登場します。もし本人様がこの記事を読んでいて不快になったら申し訳ございません。もし何かあれば僕に連絡くださればこの部分だけ消します。
前日
前日はサウナに入りアニメを見て完全に調整完了。
体操ザムライが面白すぎて食い入るように見つめる。
アニメを見ていると、その時の体調がわかる。
アニメを見ているとき、スマホをいじらず見つめられるときは調子がよく、反対に注意力が散漫しスマホをポチポチしながら見てしまうときはあまり良い状態とは言えない。
ちなみに前日の体調はバッチシ。集中してアニメが見れた。
だが怪我から復帰わずか、正直パワーも戻りきっていない、以前の方が強かったな〜って頭のどこかでわかっている。
でも勝ちたい。
大学生活、ただ怪我を治療してアニメを見てオナニーして終わるのか。それは嫌だ。絶対何か爪痕を残したい。
きっと俺が優勝できると思ってる人間はいない、それでいい、ノーマークだからこそ、誰も信じてないからこそ俺は俺を信じている。
「たかがビギナーレースでそこまで張り切る必要ある?w」
そう言われたこともあった。
即答する。"ある"と。
ある男がこう言っていた。
「レースで優勝するっていうのは、みんながテスト勉強している中1位をとるようなもんだ。どんなレースも簡単じゃない」
なるほどね。
確かにそうかもしれん。いや、そうやと思う。
ちなみに俺は高校の時学年最下位を取ったことがある。大学も留年ギリギリだ。
だからわかる、1番になる難しさを。
本気で行く。ここまで尽くせるのは大学生活までかも知れない。
また怪我して自転車乗れなくなるかも知れない。
手を抜くことは一切なし、全力で優勝だけを狙いに行く。
いうて練習量は少ないですけどねーーーーあんまり頑張ることは得意じゃないので(これ内緒ね)
そして、当日の朝を迎える。
当日
AM5:00
朝がクソ早い。
うどんをレンチンしてアニメを見る。見ていたアニメは炎炎ノ消防隊。いや、おもしろいね〜。
いつも朝飯時はアニメを見るというルーティンワークを設けている。効率が良さそうだから。
ちなみに、負けた時言い訳になるのでツイートは一切しなかったが、この日の睡眠時間は3時間である。
サウナで眠気をためるとはいったい。
AM6:00
家から30分ほどで着くが、余裕を持って早めに家を出る。
クソ寒いが、空力全振りのために夏用レースワンピースを選択。
自チームのものではないが、なぜか使わせていただいている。いんなーろーレーシングチームの皆様、ありがとうございます。
ちなみに当日の温度は2度。
寒くないかって?問題ないね。
そう、いつも夜練でも夏用レースワンピを着用して0度までならパフォーマンスを維持できるようにしてきた。
夏用レースワンピ0度耐え耐え調整である。
AM6:30
会場到着。途中、ブレッツァカミハギの方と遭遇し一方的に絡む。
「今日寒いっすね〜!」という一見して世間話の切り口のように思える会話も、本当に寒いから通用する。
もしかして同じカテゴリーになる可能性もあるので色々お話を伺いたかったが、彼はひとつ上のスポーツクラス出走らしい。
しかもロードバイクじゃなくてCXバイク。曰く「やー、これしかなかったんだよね笑」
強キャラすぎる。
AM7:00
2周の試走を終え、スタート位置に立つ。
今更だが、コースレイアウトを紹介する。
1周2.5km、1km弱登り、残りは下り、ラスト200m登り。
1km弱登りは序盤2-4%、後半8%と言った具合。
ビギナーは3周分7.5kmのレースとなり、この辺りでは1番短い距離のレースになる。
最初1周、ニュートラルで走りそこからスタートする。
当日、愛三工業レーシングの方が来ており、先頭を引いてくださる。
強そうだなー、そう眺める。(実際強いよ、プロだから)
ニュートラルが終わりホイッスルが鳴る。
さあ、やろう。
ここまでやってきた全てを出そう。
あわよくばこの会場にいる誰よりも楽しもう。
レースは超絶楽しい遊びだろ?
って、俺の大好きなレースブロガーが言ってた。
ニュートラル1周を終え、スタートラインに立つ。
1周目
寒空の下、少しだけ陽が顔を見せる。
乾いた空気に電子ホイッスルの機械音が鳴り響く。
集団が一斉に加速する。
その中で冗談みたいな速度でプロ選手と逃げる男がいた。
なに?あれ、いやチェックしてないけど。いや誰?S-WORKSのターマックに乗ってる、異常にデカい体躯でゴリゴリに踏み倒している、そして【速い】ということしかわからん。
登りでいきなり差をつけられる。これは追わないと逃げ切りが決まる!ここで使う予定はなかったが、ダンシングしておもっくそ踏む。
チラッと後ろを見るが、着いて来ようとする選手はみんなポツポツと集団に戻っていく。
当たり前だ、こんなの追ってたら身体がもたねえ!!!
後々車載動画を見たがだいたい600W付近で踏んでることがわかった。しんど。
1km弱登りを登り終えて下りの後半で追いつく。草場圭吾選手も一緒に走っていたため、頑張って後ろについてその走りを目に焼き付けておきたかったなぁ、と後悔。
ただしこの時点でかなり脚を使っている。心肺も心配だ。
2周目
2周目に突入する。
先ほどのS-WORKSパワーマンに追いつき、後ろを見ると数人いる。その中には予め警戒していた451さんがいるため、どういう展開に組み立てようか思考する。
こちらの451さんはここら一帯のレース動画をあげている方で、かなりのツワモノ。ツールドエコパ3hエンデューロでも上位入賞していたし、「なぜこのカテゴリーにいるのか」勢。もうはちゃめちゃに警戒。強いので。
パワーマンがずっと先頭を引いているため交代し俺が前を引く。ただ、PWR激低であるためペースアップは図れず。
後ろを見ると自分を含め10人ほどの集団が形成されている。どう考えてもビギナーのレベルではないと思うし、本当のビギナーの方はちょっと気の毒だなってなる。
先頭集団、なんなら逃げを追いかけて捕まえられた時点で自分も立派なカテゴリー詐欺、そう思うと胸が痛くなるが構わない。
今日勝って上に行く。
2周目の下りに差し掛かる。2番手をキープ。先頭の青色ジャージGIANTの方がえげつないコーナリングを見せる。なるほどな、こいつも"ヤバい"
というか戦闘集団にいる人でも「なんとなく最終局面に絡む人」と「そうでない人」はわかる気がする。この青色GIANTさんも、パワーマンも、451さんもおそらく絡んでくる人だ。
逃げに繋がるような走りもなく、そのまま3周目に突入する。
3周目
3周目、変わらず青色GIANTさんが前を引く。
登りに差し掛かるとO⭐︎RACINGの方が前に出る。
この方は知らないけど知っている。なぜなら俺がレースに呼んだから。
と、いうのも俺はO⭐︎RACINGのチームLINEに入っており、この方をレースに間違って誘ってしまったからだ。
この方とよく苗字が似た知り合いがいて、その人をレースに誘ったつもりがこの方を誘っていた、そんな感じである。
因みに練習メンバー曰く「かなり強い」とのこと。優勝候補である。
そしてO⭐︎RACINGの方が前を引く中、後ろから轟音を鳴らしながら登る音が聞こえた。
間違えない、451さんだ。
後ろを振り向く余裕はない、だが最終ラップ、セレクションがかかる急な上り坂でのアタック。
これはついていかんとヤバい。
足はもうないけどしがみつく。マジでここ引き離されたら負けるぞ。
パンパンに乳酸溜まった脚をぶっ叩く。
今日、このために4ヶ月間リハビリ頑張ってきたんだ。
俺は基本的に頑張りたくないタイプだ。疲れるし。
根性論も好きじゃない、疲れるから。
でも今は思う。ここは根性を振り絞るところだと。
やるぞ。
改めて言う。俺は強くない。
PWRも低く、FTPも高くない。スプリントだって1000Wはいかない。
おそらく同カテゴリーに出ている方々に比べ劣るパワープロフィールだ。
俺は俺が弱いことを知っている。
同じカテゴリーの人たちが強いことも知っている。
だから一切の自惚れはない、おごりもない。
でも負けたくない。
戦うんだ。勝つんだ。
何回も動画を見てきた。この人のパワーは大体わかる。感覚がつげる、ついていける、と。
回らない脚を上半身で引き上げ半ば強引に登りきる。
下りの番手は2番手、爆音のラチェット音が会場全体に響き渡る。
下りの速度は55km/h、落車したら間違えなく大怪我を負うだろう。
そういえば1年半前、一度リトルワールドのレースに出た時は下りが死ぬほど怖かった。高校生の頃落車して骨折した経験が払拭できずにいたからだ。
でも、今は違う。死ぬよりも怖いことがある。
それは勝てないで大学生活を終えることだ。
怪我の治療に明け暮れるだけの大学生活で終わっていいのか。それは嫌だなぁ、嫌だよなぁ、だから少しだけ練習積んできたんだよなぁ。
負けたくない理由は特に思い浮かばないけど、勝ちたい理由は片手で数えられる程度にはある。
勝とうぜ、終わったらコーラを飲もう。
アニメも見よう、今まで応援して支えてくださった方に笑顔で報告をしよう。
いや違う。今は俺の勝負で、俺だけの時間で。
長い怪我から復帰して今ここにいる。
この超楽しい遊びに他人を巻き込むことはしない。
勝っても負けても俺のせい。
振り絞れ、全てを。
先頭を引く451さんの横からアタックを仕掛けてくる人がいた。茶色のジャージにGIANTのバイク、茶巨人さんと名付ける。
茶巨人さんのアタックに即座に反応、後ろにつく。
戦って初めてわかる「勝つ感覚」、これは勝ちにつながる逃げだ。
後ろを振り返る、後ろとは大きな差ができている。きっとこの逃げになっている茶巨人さんと俺の一騎討ちになる。間違えなく、そう確信していた。
後ろからタイヤがゴリゴリ地面に擦れる音が聞こえる。
1周目、圧倒的な独走を決めていたエスワパワーマンが追いかけてきていた。
いや嘘やろ、1周目吸収した時点でもう脚は切れてると確信していたんだが。
爆速で追いついてくる。気づけばホイール2つ分くらいには接近していた。
このパワーマンだけ今回のレースでレベチだった。頭2つくらい飛び出てる。
このままじゃ絶対に追いつかれる。
身体を見る限り、間違えなく俺よりスプリントは強い、この人のパワーデータは知らんけど直感が告げる。
このパワーマンとタイマンでスプリントしたら負ける、と。
でも焦るな、俺は俺のスプリントが何秒保つか分かっている。
逆に言うと、その秒数以上のスプリントは保たない、垂れて差される。
茶巨人さんの逃げもそろそろ切れそうだ、でもまだ耐えろ。耐えろ。耐えろ。ギリギリまでおとなしくしてろ。
動画で何回も見た、どのタイミングからスプリントをしたら【俺のスプリントゴールデンタイム】を維持したままトップスピードでゴールできるか。
焦るな、焦るな、焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな焦るな
俺は今日、勝ちに来ている。
ビビりゃ負けるぜ 臆せば死ぬぜ
"ここ"だ
脚は残っていない、息も上がってる。
辛い、けど終わってほしくない。
怪我に長いこと苦しみ、もう走れないと思って泣いた夜もあった。と思う。
でも「やめない」でここまできた。
「やめない」からここまでこれた。
基本的に長く続かない、中途半端ですぐ投げ出す俺が投げ出さなかった唯一の趣味、自転車。
ここにいるのは俺が這いずって、諦めが悪かったからなんだよな。
そして俺は、この中にいる人間より少しだけ自転車が好きだ。
今、超面白い"遊び"の舞台に立っている。
あとのことはいい、今、この瞬間を噛みしめろ。
唸れ筋肉、流せ血液
犬山市今井成沢90−48に響き渡る鬨の声。
フィニッシュラインを最初に超えた確信、拳を握り締め雄叫びを上げた。
終わった後、いつもの練習メンバーと抱き合う。というか俺が一方的に抱きつく。
いやほんとに勝てた?勝てたんすか俺??と尋ねまくる。冷静に考えてこの人らはこのあとスポーツクラス、エキスパートクラスで出走するので普通に迷惑だと思う。
勝った、勝てた、ようやく勝てた。よっしゃ。というような気はあまり起きず「え、ほんとに僕勝ったのですか?」という感じでポツンとしていた。
後日、正式にwebページにて優勝が発表された。
そしてようやくこみ上げてきた。
ああ、勝ったんだ。
ビギナー、卒業。
ようやく競技者としてのスタートラインに立てた。
ようやくバケモノたちが潜む世界の扉をノックした。
ここから始めよう 世界を見にゆこう
よりもい見るかぁ。
完
こちら当日のレース動画になります。もしよろしければご覧ください。